職業紹介をめぐる法的な問題等について

第12回 固定残業代の記載がある求人票への対応について

紹介業者が求人者から受理した求人票に記載された労働条件と求職者が当該求人者から示された、あるいは雇用されたときの労働条件が相違しており、求職者から紹介業者等に苦情が寄せられるという事態が、最近かなり生じているところである。そこで、その実態を踏まえ、特に問題とされている固定残業代を取り上げて、必要な対応策を検討してみることとしたい。

1 相違がみられる労働条件

ハローワークで受理した求人に係る労働条件のうち、求人票に記載された労働条件と求職者が当該求人者から示された、あるいは雇用されたときの労働条件が相違する場合、最も多くみられるのが賃金に関するものである(注1)。
 賃金に関するものとして、近年、特に問題となっているのが、固定残業代(実際の時間外労働の有無にかかわらず一定の残業代、あるいは一定の時間数分の残業代を支払うが、実際の残業代・残業時間がこれを超えても追加を支払わないあるいは超えた場合にその超過分を支払うとするもの―基本給に含めて支給する形態と基本給とは別の手当として支給する形態とがある)を含む賃金条件についてである(注2、注3)。
 なお、これは、ハローワークに関するものではあるが、民間の紹介所においても同様の状況にあるのではないかと推測される。

2 固定残業代を含む賃金条件の問題点

そこで、近年、多くの問題が生じている、固定残業代を含む賃金条件について、その問題点に関し、検討してみることとする。
 固定残業代を導入している企業においては、実際の時間外労働の有無にかかわらず一定の残業代あるいは一定の時間数分の残業代を支払うが、実際の残業代・残業時間がこれを超えても追加を支払わないあるいは超えた場合にその超過分を支払うとする取扱いが行われている。
 この場合、超過労働時間に対し追加額の支払いをしない場合、また追加額を支払う場合でも、超過労働時間に相当する金額が支払われないときは、労働基準法に違反することになるが、問題は、固定残業代の支払いが、残業代の支払いとして本当に有効であり、認められるかということである。
 仮に認められないとすると、企業は、残業代として認められなかった既払いの固定残業代に追加して、①残業代(時間当たり単価に固定残業代を含めて計算したもの―通常より高額となる)の支払い、②場合によっては付加金(裁判所より命じられる不払い残業代相当額)の支払を求められることとなり、その受ける経済的な打撃は相当なものとなると考えられるが、同時に労働者にとってもその影響は大きいことから、この点を巡って労使間に紛争の発生が予想されるところである。

3 固定残業代に関する最高裁の考え方

(1)そこで、固定残業代についての最高裁判所の考え方について、最近示された事件でみてみることとする。

本事案は、派遣労働者に係る残業代請求事件であり、雇用契約上、基本給を月額41万円とした上で、月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり一定額を別途支払い、140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり一定額を減額するとされていたところ、当該労働者が時間外労働に対する残業代を請求したものである(最判一小平成24年3月4日。テックジャパン事件)
 最高裁は、被告会社による180時間以内の時間外労働に対する残業代は基本給に含まれているとの主張を排斥し、以下の理由で、原告派遣労働者の請求を認めた。

・基本給に、その一部が他の部分と区別されて残業代が含まれていたとの事情が認められない

・基本給について、通常の労働時間の賃金部分と時間外労働の割増賃金部分(残業代部分)とを区別できない

・以上の事情の下では、180時間以内の時間外労働に対しても、基本給とは別に残業代を支払う義務がある

(2)上記最高裁の考え方によれば、基本給に残業代が含まれていると主張するためには、基本給部分と残業代部分が明確に区分されていることが求められているといえる。

4 固定残業代への対応

固定残業代はかなりの企業において採用されているが、これが有効となるためには、上記最高裁の考え方を踏まえ、例えば「基本給45万円中、5万円は1か月25時間分の残業代とする」旨の了解が労働者との間でなされている―約定されている―ことが必要となる。この場合、5万円が何時間分の時間外労働に対する対価であるかまでは、上記最高裁判決では求められてはいないと思われるが、この例示のようにこの点もあらかじめ明確化しておくことが紛争予防の観点から適切と考えられる(上記最高裁判決櫻井龍子裁判官補足意見参照(注4))。
 また、固定残業代には、本件事例のように固定残業代が基本給に組み込まれている場合のほか、一定の残業代相当額を基本給とは別に手当として支給する例もみられるが、この場合は基本給と残業代との判別は原則的には問題とはならないが、この手当が残業代として支払われていることが明確になっていること(労働者との合意、就業規則の定め等)が求められる。

5 求人票の取扱い

紹介業者としては、固定残業代を含む求人票を受理する際には、上記4の考え方を踏まえ、適切に対応する必要があるところ、ハローワークでは、この点について、求人票の特記事項欄に「固定残業代には○時間分の残業手当を含む。○時間を超えた場合は別途残業手当を支払う」旨記載するよう求人者を指導している(注3)ところであるので、民間の紹介業者としても同様の対応をとることが求められていると考えられる。
 また、固定残業代の記載がない場合においても、基本給に残業代が含まれているか否かを確認することが必要なケースもあると考えられるので、この点も踏まえた対応をとることも要請されているといえよう。

(注1)ハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の内訳について(試行的に把握した数値。厚生労働省調査)
 求人票の記載内容に係る求職者からの申出・苦情件数(平成24年度全国計)

・賃金に関すること         2,031件(26%)

・就業時間に関すること       1,405件(18%)

・選考方法・応募書類に関すること  1,030件(13%)

・職種・仕事の内容に関すること    841件(11%)等

なお、現在、ハローワークで公開・紹介している求人の内容が実際と違っていた場合に対応するため、「ハローワーク求人ホットライン(03-6858-8609)」が設けられている。
 また、厚生労働省職業安定分科会雇用対策基本問題部会から出された報告書案「若年者の雇用対策の充実について」(平成27年1月9日)において「Ⅱ1(2)①労働条件の的確な表示の徹底」に関する提言がなされている(厚生労働省ホームページ参照)。
 おって、求人条件と実際の労働条件が相違する場合の一般的な対応については、本稿第7回「職業紹介における労働条件等の明示について」を参照

(注2)参議院予算委員会(平成26年3月11日)等 吉良よし子議員質問、田村厚生労働大臣答弁

(注3)求人票における固定残業代等の適切な記入の徹底について(平成26年4月14日事務連絡・厚生労働省職業安定局首席職業指導官室中央職業指導官)
 「固定残業代を含む賃金条件については、労働者側がその内容を適切に理解していない場合、労使間でトラブルになる恐れが高く、公共職業安定所においては、職業安定法5条の3(労働条件等の明示)を踏まえ、求人受理時において、求人事業主に十分な内容確認を行い、求人票上に適切に明示していくことが重要です。」とし、問題が見られる場合、当該事業主に対し早急な是正をお願いするよう指示がなされている(上記事務連絡で問題があるとされる記載例―「固定残業代」等の不適切な記載事例について【参考】参照)。

(注4)テックジャパン事件最高裁判決 櫻井龍子裁判官補足意見

「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支払対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。」

【参考】 「固定残業代」等の不適切な記載事例について

類型1 固定残業代が何時間分であるか記載されていない。また、超過した場合に別途支給する旨も記載されていない。

派生型1:固定残業代の時間数は面接時に説明するとしている。

派生型2:固定残業代は各人ごとに設定するとしている。

派生型3:固定残業代には時間外及び深夜手当を含めるとしている。

派生型4:固定休日出勤手当(○日分)を支給するとしている。

類型2 固定残業代が何時間分であるか記載されているが、超過した場合に別途支給する旨が記載されていない。

派生型1:一定時間以下でも支給される旨「のみ」が記載されている。

派生型2:××手当と△△手当を合わせて固定残業代(○○時間分)としている。

類型3 超過した場合に別途支給する旨は記載されているが、固定残業代が何時間分か記載されていない。

類型4 基本給(a欄)の中に固定残業代も含めて記載されている。

派生型:基本給に固定残業代も含めて記載されている。

類型5 ○○手当として別個の手当と固定残業代が一括して記載されており、それぞれの内訳が記載されていない。

その他

・「求人条件に係る特記事項」欄に「固定残業」の時間が記載されているのみで、手当があるか否かが記載されていない。

・「固定残業時間(40時間)以外に時間外勤務がある」など、恒常的な残業時間が40時間あるのか、いわゆる固定残業代が40時間分なのか、不明確な記載となっている。

・毎週土曜日の休日出勤(9時~13時)を固定残業代で支給するとしている。

・固定残業超過分や早退分は翌月25日相殺になるとしている。

職業紹介をめぐる
法的な問題等について

■第1回
職業紹介の法的性格とその内容
について

■第2回
職業紹介、労働者派遣及び労働
者供給の相互関係

■第3回
職業紹介と消費者契約法等との
関係

■第4回
暴力団関係者からの求人・求職
申込みへの対応について

■第5回
職業紹介における個人情報保護
のあり方について

■第6回
紹介業者の善管注意義務について

■第7回
職業紹介における労働条件等の明示について

■第8回
紹介所と労働組合のかかわり

■第9回
手数料について

■第10回
ハローワークと求人者・求職者の職業紹介を巡る法的関係について

■第11回
事業譲渡、合併、会社分割等における紹介事業の許可等の取扱い

■第12回
固定残業代の記載がある求人票への対応について

■第13回
民法改正案の職業紹介業務への影響について

■第14回
最近の法改正を踏まえた適正な職業紹介業務の遂行について

■第15回
障害者雇用において職業紹介業者が留意すべき点について

■第16回
マイナンバー法施行に伴う職業紹介業者の留意すべき点について

■第17回
現在政府で検討されている職業紹介事業の見直しについて

■第18回
労働関係法令違反があった事業主からの新卒求人の取扱いについて

■第19回
地方分権を踏まえたハローワークの職業紹介等の改革について

■第20回
同一労働同一賃金と職業紹介上の留意点

■第21回
職業紹介事業に関する制度改正についての建議

■第22回
改正個人情報保護法の施行に向けて

■第23回
職業紹介事業に関する制度改正について

■第24回
働き方改革の概要について

■第25回
「職業紹介事業に関する制度改正について」と「改正個人情報保護法の施行に向けて」の改訂について

■第26回
民法改正の職業紹介業務への影響について

■第27回
紹介手数料不払い、求人者の倒産等への対応

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